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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8742号 判決 1960年4月19日

原告 国

被告 株式会社三和油店

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「被告は原告に対し金三十三万三千五百六十五円及び内金二十三万七千七百三十円に対する昭和二十四年九月十六日以降内金九万五千八百三十五円に対する同年同月八日以降各完済までの年六分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

(一)、被告会社は油糧需給調整規則に基く指定油脂販売業者であつたが、訴外油糧砂糖配給公団(以下公団と略称する。)は被告から当時建設省が訴外三幸建設株式会社に対し昭和二十四年度第一、四半期分として割当てた米糖精製工業油二千瓩及び大豆油四千瓩の購入申込を受けたので、公団は前者については昭和二十四年六月十八日、後者については同月二十二日それぞれ被告に売渡した。

(二)、而して右売買価格は物価統制令に基く当該油脂の価格指定に関する告示の定める所による旨の約定であつたが、右売渡当時、昭和二十四年度第一、四半期以降の割当分の油糧についてはその価格が改定されることとなつていたに拘らず未だその価格の決定を見るに至らなかつたため、公団は右の旨を被告に伝えると共に被告との間に右売渡分については一応旧価格にて概算払を受け、後日新価格決定の際、旧価格と新価格との差額を清算する旨の約定を為し、この結果、公団は昭和二十四年六月二十三日被告より右約定に基く概算払金として金五十四万一千五百二十円六十七銭の支払を受けた。

(三)、その後、新価格が決定され、右新価格によると売渡油糧中米糖精製工業油については金九万五千八百三十四円七十一銭、大豆油については金二十三万七千七百三十円三銭、この合計金三十三万三千五百六十四円七十四銭の不足額を生じたが、右は前記約定に基き被告の支払うべきものであるから、公団は前者については昭和二十四年九月七日、後者については同年同月十五日それぞれ被告に対してその支払を求めた。

(四)、昭和二十六年三月三十日政令第六十号により右公団は解散し、同年同月一日原告国は右公団の被告に対する右債権を承継取得したので原告国は昭和二十七年六月二十五日被告に対し右の旨を通知し右通知はその頃被告に到達した。

(五)、よつて原告は被告に対し右売買代金の清算差額合計金三十三万三千五百六十五円及び右の内金二十三万七千七百三十円に対するその支払請求の日の翌日たる昭和二十四年九月十六日以降内金九万五千八百三十五円に対するその支払請求の日の翌日たる同年同月八日以降完済までの商法所定の年六分の割合の遅延損害金の支払を求める次第である。

なお被告は商事会社であつて被告の右油糧の買入はその営業のために為された行為であるから商行為と解すべきであり、従つて被告の前述の債務は商行為に因つて生じたものであるから、商法第五百十四条所定の年六分の割合の遅延損害金の請求を為しうるものと解すべきである。

被告の抗弁については

(イ)の抗弁事実中本件油糧が昭和二十四年度第一、四半期分として割当てられたことは認めるが、その余の点は否認する。

(ロ)については油糧砂糖配給公団は商人でないから、本件債権には民法第百七十三条の適用はない。即ち

(1)  敗戦後の混乱した我国々民経済の安定を図りインフレを防止し平和産業の再開を促進するには綜合的な経済統制特に主要物資の統制が絶対的な要請であつた。そこで物資の生産、配給及び消費、貿易、労働、物価、財政、金融、輸送、建設等に関する経済安定の緊急施策について企画立案の基本に関するもの並びに各庁事務の綜合調整及び推進に関する事務を掌らしめるため経済安定本部を設置し、その計画の実施業務を担当せしめるため、一種の政府機関としての公団制度が構想されたものである。従つて旧国家行政組織法第二十二条には「公団は国家行政組織の一部をなすものとし、その設置及び廃止は別に法律でこれを定める。」と規定されているのである。従つて公団の組織運営は政府の全面的監督を受けるものである。

又公団は「経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い命令で定める油脂、油脂原料、油かす等の適正な配給に関する業務を行うことを目的とする」ものであつて(油糧砂糖配給公団法第一条)、所謂企業の本質たる営利性はその性格上問題となり得ず、能率的な事業の運営というよりも適正な事務処理がその本質的性格であつたのである。

以上の通り公団は臨時的かつ準官庁的な性格をもつた政府の経済政策遂行機関としての公法人であるとともに、非営利法人である。

(2)  公団は国の業務として油糧の一手売買を行つていたが、之はそれ自体としては私的取引の性質を失わないかも知れないが、しかし経済の統制を目的とする国家権力に基く行政作用の一環であつて、営利を目的として行われたものではないから、かゝる取引を反覆継続して行つたとしても、之を以て公団を商人と見ることはできない。

(3)  公団の油糧の売渡価格はその買取価格を超えて一定の差額を生ずるように定められていたが、この差額は利益とは全く性格を異にするものであつて、公団の維持運営に要するいわゆる間接経費及び油糧運搬費等買取費以外の直接経費を支弁して過不足のないように計算され、それ以外の公団の利益は全く見込まれて居らず(現実の公団事業の運営の結果は当初の計算通りに行かず相当額の欠損を生じたものである)この差額は一般営利事業における利鞘とは全く異る。

以上の様な差額の計算方法と運営の実際から考えれば、之は利鞘ではなく行政上の負担金又は手数料と解すべきものである。

(4)  以上の通り、公団は公法人であつて営利を目的とするものではなく、油糧の買入、売渡に伴つて生ずる差額は利益、利鞘ではなく行政上の負担金又は手数料と解すべく、之を反覆して行つてもこの為公団が民法第百七十三条第一号にいう卸売商人又は小売商人となるものでないから、同条の適用を主張する被告の抗弁は理由がない。

(5)  仮に公団が卸売商人又は小売商人であるとしても、本件の債権について民法第百七十三条を適用するのは失当である。即ち本件債権は商人と一般消費者との間に生じたものではなく公団と商人たる被告との間に生じたものであり、しかも金額も大であるばかりでなく債務者たる被告は株式会社としてその帳簿上その記載は明瞭である筈であり、計算関係も又明瞭であるから、これに同条の短期消滅時効を適用することは同法条の立法趣旨から考えるときは不当である。

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告主張事実中

(一)乃至(四)は認める

と述べ、

抗弁として

(イ)、被告は公団から原告主張の様な約定でその主張の油糧を買受けたものであるが、本件油糧は本来昭和二十三年度第四、四半期分として割当てらるべきものであつたが建設省の事務上の手違いから昭和二十四年度第一、四半期分として割当てられたものであり、また右油糧の割当を受けた訴外三幸建設株式会社は被告から右油糧を買受けた後、経済統制違反事件を惹起したため本件差額金を被告に対して支払うことができなくなつた。よつて被告は建設省に対して右事情を述べ、右油糧の割当を昭和二十三年度第四、四半期分として取扱われ度い旨の申請をしたところ建設省は之を承認し、この結果公団も右の様に取扱うことを承認した。従つて被告と公団との間において本件油糧売買の際締結された「本件油糧の新価格が決定された時は被告は新価格により差額金を清算支払う。」旨の約定は変更されたものであるから被告は本件差額金を支払うべき義務はない。

(ロ)、仮に右主張が理由がないとしても、本件債権は私法上の債権であるから商法第五百二十二条担書、民法第百七十三条第一号により時効によつて消滅したから之を援用する。即ち

(a)  油糧砂糖配給公団は経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い油糧等の適正な配給に関する業務を行うことを目的とする独立の法人であつて、物価庁の定める価格による油糧等の一手買取及び一手売渡等の業務を継続して行う独立の事業体である。

(b)  所で、公団の行う右の様な業務は商法第五百一条第一号に言う「利益ヲ得テ譲渡ス意思ヲ以テスル動産…………有償取得又ハ其取得シタルモノノ譲渡ヲ目的トスル行為」に該当すると解すべきである。即ち同条に言う「利益ヲ得テ」とは必ずしも厳格な意味における利潤を得る場合のみを指すものではなく個々の取引につきいやしくも利鞘がある場合をも含むものと解すべきであり、一方公団の扱う油糧等の買取価格と売渡価格との間に利鞘があることは顕著な事実である。従つてその行為は商法第五百一条第一号の商行為に該当するものと言うべく、かゝる行為を業務として反覆して行う公団はその面で商人である。

(c)  従つて公団は商品を販売する商人として民法第百七十三条第一号に言う卸売商人又は小売商人と認むべきであるから油糧等の売掛代金債権については商法第五百二十二条但書によつて結局民法第百七十三条が適用されその定める二年の短期時効によつて消滅する。

なお公団の債権が右の通り私法上の債権である以上たとえ国が之を承継しても右債権が公法上の債権に変る理由はない。

(d)  而して本件債権の時効進行の始期は米糖精製工業油分は昭和二十四年九月七日、大豆油分は同月十五日であるから本件債権は右日時から二年の経過により時効によつて消滅したものである

と述べた。

立証として原告指定代理人は甲第一号証、第二号証の一及び二、第三号証を提出し、証人飯塚主計の証言を援用し、乙第三号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、被告訴訟代理人は乙第一乃至第五号証を提出し、証人山本健一郎(第一、第二回)、同鈴木直枝、同山本正司の各証言を援用し、甲第一号証の成立は認めると述べた。

理由

原告主張の(一)乃至(四)の事実は本件当事者間に争いがない。

そこで被告の(イ)の抗弁についてしらべてみると右(イ)の抗弁事実はこれを認めるに足りる証拠がないばかりか、却つて成立に争いのない乙第一乃至第五号証、証人鈴木直枝、同山本健一郎(第一、二回)の各証言を綜合すると、被告会社は本件油糧を訴外三幸建設株式会社に価格が後に改定値上げされた場合は追加支払する旨の約で一応旧価格で売渡したが、本件油糧の新価格が後に改定されたので被告会社は右三幸建設株式会社に追加支払を請求したところ、同会社は、本件油糧は昭和二十四年度第一、四半期分として割当てられてはいるが、その価格は昭和二十三年度分の取扱いを受けることを関係方面から諒承されているから追加支払の必要はない旨主張し、その証明として乙第五号証の文書を被告会社に手交したが、右文書は昭和二十五年十二月七日付の大進産業株式会社三幸建設株式会社が商号を変更したもの)作成の油糧砂糖配給公団総裁宛のものであつて、本件油糧は昭和二十四年度第一、四半期分として割当を受けたが、本来昭和二十三年度分として割当てらるべきものであつたに拘らず、事務上の手違い等の事情のため割当が遅延したものであるからその価格は昭和二十三年度分として取扱われ度いとの趣旨の文書であつて、右文書にはその末尾に建設省管理局長が昭和二十五年十二月十八日付で右事情を証明する旨の証明が付されているものであるところ、被告は右乙第五号証を公団に提出して本件油糧の価格について種々墾願したが公団は右について考慮することを約したけれどもその取扱いについて決定をしないまゝ解散したものであることが認められる。従つて公団が本件油糧につき昭和二十三年度の価格を以て処理することを承認した事実の存在を理由とする(イ)の抗弁は採用の限りではない。

次に被告の(ロ)の抗弁について判断する。被告は公団は商行為をなす卸売商人又は小売商人であるから本件債権は二年の短期時効により消滅に帰した旨抗争するのでこの点を考えるに、油糧砂糖配給公団は経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い油糧等の適正な配給に関する業務を目的とする法人であり(油糧砂糖配給公団法第一条)、基本金は全額政府出資にかゝり、運営資金は必要があるときには復興金融公庫から借り入れ(同法第三条)、総裁、副総裁、理事、監事等の役員は主務大臣が之を任命し(同法第十一条)、役員及び職員は之を官吏その他の政府職員とし、原則として官吏に関する一般法令に従う(同法第十四条)。こととなつており、その主たる業務としては経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続並びにこれらに関する指示に基き、物価庁の定める価格による油糧等の一手買取並に一手売渡等及び之に附帯する業務を行うものであつて(同法第十五条)毎年事業年度の各期の財政目録、貸借対照表、損益計算書を経済安定本部総務長官に提出しその承認を受け、会計検査院の検査を受け承認を受けなければならず又剰余金は国庫に納付する(同法第十九条)こととなつていることに鑑みる時は公団は純然たる官庁と言うことはできないが、国家の一機関として独立して事業を行う公法人と解すべきである。しかしながら公団が独立の公法人であつても、その一事だけで直ちに公団の商人性を否定しその行う業務はすべて公法上の行為であつて商行為と解すべきでないとの結論が当然に導き出されるものではなく、問題となつた公団の当該行為が商行為と目すべきものか否か、この場合、公団は商行為の主体として、商法所定の商人の規定の適用を受ける経済上の主体活動をなすものであるか、どうかを具体的に検討して定められなければならない。

ところで公団は前記の通り物価庁の定める価格により油糧等の一手買取及び一手売渡等の業務を継続して行うものであるが、公団の行う油糧等の売渡価格はその買取価格を超えて一定の差額を生ずる様に定められていることは原告の認めるところである。原告は「右差額は利益とは性格が異るものであつて、公団の維持運営に要する直接及び間接経費を支弁して過不足なき様に計算され、それ以外の公団の利益は全く見込まれていない。(現実には欠損を生じている状態である。)以上の事から考えれば公団の取得する差額は利益乃至利鞘と解すべきでなく、行政上の負担金又は手数料と解すべきである」と主張する。公団の取得する売買価格の差額は公団が公庫から独立した事業体として独立採算制の下に収支均衡を保つために必要な直接及び間接経費を支弁するためのものであることは明らかであつて、これは一般営利法人の追及する利潤又は利益とは多少その性格を異にするものなること明らかであるが、公団が政府の監督、指示の下に油糧の一手販売を行う公法人であること及びその油糧の売買価格が原告主張通りに決定されていることを考慮に入れても売主たる公団と買主たる需要者との関係は公法上の権力関係と解するよりもむしろ一般私法上の取引関係に近似する関係と解する方が自然であり公団の取得する売買差額もその目的は、国家が公団の経営費を負担しないために売買取引の利潤を以て、その経営費を産み出すためであり、一般商人がその営業の経営費を、かような差額から産み出す場合と、その点では逕庭があるわけではなく(従つて運営がうまくないと損失が出るのは当然である)行政上の負担金乃至手数料などとは異り、一般私法上の取引の利鞘(唯、国家目的からその額が公団の維持存続に必要な限度に制限されているだけ)と解するに支障はない。

而して商法第五百一条第一号に言う「利益ヲ得テ」とは必ずしも厳格な意味におけ利潤(一切の取引上の経費を控除しての剰余)を得る場合のみを指すものではなく、いやしくも公団並にその事業の維持のため、一般商行為と目さるる取引と同型の取引より得た利益を以て、その維持費を捻出するための取引をなし、買取価格と売渡価格との間の差額を収得する場合においては公団の取得する右の差額は同条に言う「利益」に該当するものであり、従つて公団の行う油糧等の買取及び売渡は商法第五百一条第一号所定の商行為であり、かゝる行為を業務として反覆して行う公団はその面においては民法第百七十三条第一号所定の卸売商人又は小売商人に準ずる商人と解するを相当とすべく、本件債権はかゝる商人の売却したる商品たる油糧の代価であるから同条により二年の消滅時効により消滅するものと云わざるを得ない。

原告は「本件債権は公団と商人たる被告との間に生じたものであり金額も大きく、債務者たる被告はその帳簿上計算関係も明瞭である筈であるから民法第百七十三条を適用することは同条の立法趣旨から考えるときは不当である。」旨の主張をするが、右の様に解すべき法理はない。

而して本件債権中米糠精糖製工業油分の金九万五千八百三十四円七十一銭については遅くとも昭和二十四年九月七日から、大豆油分の金二十三万七千七百三十円三銭については遅くとも同年同月十五日から権利を行使しえたものと解すべきであるから本件各債権は遅くとも右日時から各二年間経過した日(何れも昭和二十六年九月中)に消滅時効完成し、これによつて消滅したものと云わなければならない。

してみれば原告の本訴請求は失当であることが明白であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 水谷富茂人 濱田正義)

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